歯科医を目指したわけ -4-

仕事と勉強の両立

店の仕事にも慣れ、五月の連休が終わった頃からぼちぼち机に向かうようになりました。
販売主任とは名ばかりで、実態は ‘品出し要員'です。朝から晩まで定番商品の補充、チラシ商品の陳列、配達。昼飯はいつもバックルームで10分で食べていました。とにかく早く仕事を片付け、家に帰って勉強しなくてはなり ませんから、ほとんど残業はしないで9時には家に帰り、飯を食って風呂に入り、10時から3時間程度は毎晩勉強していました。
とにかく、私が知っている制度ではなく、十数年のブランクがある上に時間も限られているので、徹底的な分析、すなわち出題傾向をつかまなくては、共通一次が終わった時点で 「勝負あった」 となってしまいます。勉強する上で念頭に置いていたのは次の4点でした。

    参考書はいろいろ手を出さず、1,2冊にとどめ繰り返し叩き込む
    出題されない分野は全く勉強しない
    出題される分野でも、配点の低いところは迷わず捨てる
    ちょっと考えても答えられない問題は、答えを見て理解し暗記する

とにかく効率よく勉強することに努めました。学者になるのではないのですから、その科目の全容が分かる必要はないのです。
背水の陣で臨んだことと時間が無いことが、効率よく勉強させてくれました。

7月になり店長に退職を申し入れましたが、すんなり退職とはいきませんでした。
というのは、私のわがままで無理やり異動させてもらった訳ですし、私のとばっちりを受けて前任者はわけが分からぬまま飛ばされたのですから、彼としても納得がいかない訳ですよね。
しかも店は慢性的な人手不足なんですから。
何度となくお願いし、有給休暇を一ヶ月残して11月10日付けで退職することになり、10月4日から勉強一本の生活が始まりました。朝8時に起きて市立図書館に行き、夜6時まで勉強、家に帰ってきて7時のニュースを見てから12時までまた勉強。
(勉強時間が一日12時間を切ったら落ちるんだ) といい聞かせ、
(目がつぶれてもいいから大学生になりたい) と思って必死に勉強しました。

10月4日駿台模試。これがはじめての模擬試験でした。
英数国の3教科でしたが、2週間後結果が返ってきて第一志望に書いた群馬大学医学部で一番高い評価の 「合格確実圏」 ではないものの、「合格圏」 がでました。
店に異動したときに母に大学受験をする旨を伝えてはいましたが、姉も叔父も巻き込んで非難轟々、反対の嵐でした。

“何を考えてるんだんべ、この子は。母ちゃんはなあ、とっくに諦めてるんだよ。人生、夢ばかり追うもんじゃない。現実をみつめて生きなけりゃいけねえんだ。そんな夢みてえなこと考えてねえで結婚してくれよ。頼むから。” と言う母に
“母ちゃんなあ、オレどうしてもこのままで終わりたくねえんだよ。このままじゃ何で生まれてきたんか分かんねえよ、オレ。一回だけでいいから、やらしてくれよ。”
どのように話しても “やめてくれ、やめてくれ” でした。
面倒な話がとても嫌いなので、いつも最後は “うるせえなあ!” と言ってしまう私でした。