歯科医を目指したわけ -2-

受験の決意

そんな私でも、恋をすることもあるんです。
30歳を過ぎたころ、“あんな女と結婚できたらいいなあ” と思いを寄せる女性が現れたんです。
18歳で社会に出て水商売も経験しているし、決して女性に対して怯むほうではないのですが、やはり本命に対しては昔から極度に弱いんですよねえ。ある人にとりもってもらおうと相談したら、“あなたねえ、身分が違うでしょ。お父様は某歯科大学の教授先生よ” ってなことを言われ、火がつきましたねえ。
(そうなんだ、大学教授ってそんな偉いんだ。なってやろうじゃないの俺も、歯科大の教授。)
で決意しました。

決意はしたものの、当時、某大手量販店(いわゆるスーパーマーケット)で仕入れをやっていたので、会社からの帰りも遅く、帰宅はいつも10時過ぎでした。しかも十数年勉強とは縁の無い生活を送っていたので、最初の一歩がなかなか踏み出せませんでした。
会社は青山一丁目にあり、埼玉の自宅からは電車で2時間もかかっていましたが、一週間のうちに会社に出勤しなくてはいけないのは商談、営業会議の二日だ け。あとは担当店舗の巡回、メーカー・問屋廻りでしたので、結構時間的にはルーズでした。幼稚園の頃から遅刻の常習犯の私ですから、これは助かりました。
また当時の上司は性格的にとても鷹揚な人でしたので、すっごく居心地がよかったんです。こんな環境が、結果的には受験のスタートを遅らせてしまったわけですがね。

夏も終わりに近づいたある日、その日は会議が早くに終わり、埼玉県新座市の店舗に向かう途中、乗換駅の池袋でふと立ち寄った書店で手に取った蛍雪時代に、びっくりするような記事が目に飛び込んできました。

<鳥取大学医学部>
2次試験
英語
数学(確立・統計を含む)、化学、物理より1科目選択
面接
論文

(へー、英語と化学で勝負できるんかあ。俺の為の受験科目?やっと運命の女神が俺んとこにも来てくれたんかなあ。なるんならやっぱ医者だよな。歯医者は所詮大工だからなあ。)

大学というロマンを無意識のうちに追いかけていたのでしょうか、本屋に入るといつも受験参考書のコーナーに足が向かってしまうのでした。

(英語と化学は得意中の得意。ポイントゲッターってとこだな。面接は、人見知りしない性格だからOKだな。論文かあ。文章らしい文章なんて、山岸直子にラブレター書いて以来書いてねえからなあ。だけど日本人だから何とかなるか。)

なんとお気楽な性格でしょう。思い出す度に自分でも感心してしまいます。

今から受験勉強を始めても、共通一次試験まで4ヶ月しかありません。間に合う訳はありませんでしたけれど、その日は一日嬉しくてたまりませんでした。

来年度入試はムリでも、(鳥取大学が俺にラブコールを送ってくれているのなら、その次の年も同じ受験科目の筈だよな)と思って。