歯科医を目指したわけ -11-

迷う心

今でもあの朝の天気ははっきりと覚えています。空はくっきりと晴れ、ちょっと汗ばむくらいでした。会社を辞めてから必要の無いものは全て節約していましたので、新聞もとっていませんでした。
朝9時前でしたでしょうか、母の女学校時代の親友であった竹沢さんからの電話で起こされました。新聞に私の名前を見つけたとのことでした。
早速、新聞屋に自転車を飛ばし、朝日新聞を買ってきました。

徳島大学
歯学部歯学科
大澤正夫(不動岡)

朝日新聞の埼玉版の “大学合格者” の欄に、他国立大学の合格者と並んで徳島大学のところに私の名前がでていました。

(あー、長かったなあ、ここまでくるのに。)
と思うと同時に、“やっと大学生になれたんだなあ” と呟いた瞬間に目頭が熱くなりました。

数日後、東京の大学病院で内科医をしている親友の尾崎に電話しました。

私:
    とりあえず、結果がでたよ。徳島大学歯学部だ。鹿児島大学医学部は落ちちゃったよ。
尾崎:
    本当かよ、すごいじゃない。で行くんだろぉ?
私:
    考えてるとこ。
尾崎:
    なんでよぉ。歯学部といっても国立だぜぇ。すごいよ。オレなんか絶対通らないよ。
私:
    だけどなあ、歯医者は医者じゃねえよ。やっぱ医者になりたいよ。
尾崎:
    なあ、自分の歳をかんがえてみろよ。
    医者は卒業してから一人前になるには10年かかるぞ。でも歯科医なら2年だよ。
    なあ悪いことは言わん。行けよ。お願いだから行ってよ。
私:
    もう少し考えてみるよ。

彼の優しさが痛いほどわかりました。
彼は私が最も信頼している、というよりも尊敬に値する30年来の友人です。
彼は、とにかく 「人の話をよく聞く、愚痴を言わない、他人の批判をしない」 のです。
出会ったときからこう言ってました。
“ぼくは頭が悪いから、 ヒトの2倍3倍の努力をしなきゃならんのよ”
自分の能力のレベルを知り、きちっと対策がうてるということ自体、賢くなければ出来ません。
また、医学博士の学位をとった時にも
“論文さえ書けば誰でもなれるからさ。その程度のもんだよ、博士号なんて。とりあえず邪魔になるもんじゃないから取っただけだよ。”
他人に自信を持たせるためなら、どこまでも自分を貶めることが出来るヤツでした。
頭のキレを感じることはないのですが、どこまでも冷静で穏やかな性格の持ち主です。
“こんな医者なら安心してかかれます” と私が自信をもってお勧めできる、数少ない内科医のひとりです。
学生のころから “世界を縦横無尽に走り回れる一町医者になるんだ” といっていた、その通りになりました。

今は新宿区の信濃町で胃腸内科を開業しています。幸か不幸か、多忙なあまり世界までは手が回らぬようですがね。