つくし様
長いこと商人をやってきたので、私は本当は愛想がいいんです。
試験が始まる前には、前後左右に座る人には必ず挨拶を欠かしません。どこでどうお世話になるのかわかりませんからねえ。
その日もそうでした。特に、前に座った女の子は使えそうな子でした。
- 私:
- おはようございまーす。どう昨日は寝れた?
- 前の子:
- 緊張して余り寝れんかったです(笑)
- 私:
- うん、ぼくもぼくも。どこから来たの?
- 前の子:
- 長崎です。
- 私:
- おおお、♪こよなく晴れた青空にぃぃ(藤山一郎の「長崎の鐘」の出だしです)ですね。
- 前の子:
- うふふ。そうそう、そうです。
- 私:
- 長崎カステラは美味いですよねぇ。んんんん、お友達になりたいなぁ、遊びに行ったら案内してくださいよぉ。
- 前の子:
- はーい、いいですよ。どうぞどうぞ。 なんて他愛の無い会話を交わした後に
- 私:
- 行列、変換は全くやってこなかったんで、出たら見せてくれない?飯おごるから。 一生の頼みです!
- 前の子:
- ふふふふふ。うん、出たらね。
これが 「つくし」との出会いでした。「つくし」 は名前です。苗字も覚えていますが、差支えがあるといけないのでこれは割愛します。
試験は304号の階段教室でしたので、前の席に座っている人がちょっとお尻を前にずらせば答案がのぞけたのです。これはとてもラッキーでした。
1問目を飛ばして、24問目を先に済ませることにしました。2,3問目は完答、4問目は部分点をいただきにいきました。
試験時間が半分になった頃、「つくし」 がお尻をずーっと前にずらしてくれました。
4問目の完答を諦めていたので、すかさず覗き込み必死に写しました。右手をこめかみに持って行き考えているフリをしながら。
休憩のトイレに行く途中で追いかけていって
- 私:
- ありがと。すっごい助かったよ。で、他の問題はどうだった?
- つくし:
- うーん、半分くらいかな?だけど1問目はかなり書いていたでしょ?
- 私:
- うんうん、全部は写せなかったけど、部分点は期待できるよ。ほんと、ありがと。
もう15年も前のことなので、この話は「時効」ですよね。
現行犯ではないので大丈夫だとは思うのですが、読んだら忘れてください。
2科目目までの休み時間、階段のところにいって昨夜買ったタバコを吸っていたところ、赤塚不二夫の漫画に出てくる、「いつもラーメンを食っている‘小池さん’」似のひねた受験生(後に同級生となる土川)が隣にきたので、
- 私:
- どうでした?
- 土川:
- うーん、易しかったよね。まあ、あれなら8割はとらないとね。
- 私:
- (こんな顔してんのに、こいつ頭いいのかよ、、、と思いながら)えええええ、8割ぃぃぃ
- 土川:
- そりゃそうでしょ
私も70点くらいはあると踏んでいましたが、もしも完答したと思っている2問がこけたら 10+15+15+10=50点 くらいになっちまうよなあ、と急に弱気になるほど、土川の顔には妙に説得力がありました。
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