コラム歯医者というお仕事
学位はお持ちなの?
これから話すことは「学位を持っていないもののヒガミ」だと思って聴いて頂いても結構です。
以前、読売新聞紙上でこんな記事を読んだことがあります。
学位(通常は博士号のこと)というのは、足の裏に付いたご飯粒のようなものである。
取らないと気になるけれども取ったからといって食えるわけではない。
大学で上を目指すのならば、学位は是非とも取得しておかなくてはならないでしょう。
あるいはむしろ、研究を重ねていった結果として賜るものではないかと思います。
我ら一般の臨床開業歯科医にとっては、自慢の種にはなっても、それ以上のものではありません。
開業歯科医は研究者ではないのですから、事細かな治癒のメカニズムですとか、有効な物質の開発ですとか、新しい治療法ですとか、そんなことは研究者に任せておけばいいと思っています。我ら臨床歯科医が持っていなくてはいけないのは ‘こうすればこうなる’というエキスだけを研究者からもらって、それを確実に実践する知識と手技ではないでしょうか。
学位にとどまらず、日本人は権威に弱いですねぇ。
通常、日本人は宗教を持っていません。その証拠に、クリスマスケーキを食ったあとに除夜の鐘に耳を澄まし、新年が明けたら神社に行って手を合わせています。
ですから、いわゆる「契約」という考え方が希薄なんですねぇ。
ここでいう契約とは、われらの一切を司っている絶対的な力----それを便宜的に神というのかもしれません----との契約です。
それに代わるものが人様(世間)なのです。
絶対的な神との対話の中で善悪を判断するのではなく、世間の評価により善悪を判断するのです。
世間で定まった評価を受けている固有名詞に照らして、良い悪いの規範とするのです。
そこには何らの知識は求められません。その肩書きなり固有名詞自体が自分を説得してしまうのです。
自分で熟慮して行動しているわけではないので、つまずいたときにも責任転嫁も可能です。
西洋に対しての評価も同じだと思います。客観的に見て強いもの、美しいもの、自分にはどうしても獲得できないものには、一歩譲ってしまうのです。
これは日本人の国民性に根ざした特徴なので、なかなか変えることは難しいと思います。
しかしこのような認識を持った上で、物事の是非を判断してゆくべきではないでしょうか?
以前、テレビ番組でこんな番組がありましたねぇ。
A、B、ふたつのうち、味わってみて、あるいは目で見て、高いほうのものを当てるというヤツです。 自称ワイン党を自認する “不倫は文化だ” と言っていたタレントが、高いほうのワインを当てられませんでした。
彼に限らず、正しい解答を出せないタレントが非常に多かったんです。
それほどに、目利きがいないのです。 10万円のワインだからおいしいのであって、値段を聞かなければウマくはないのです。
いかに 我々が、値段とかブランドとかに騙されているのかわかりますねぇ。
歯科医の腕と肩書きとは、あまり関係ありません。
歯科治療なんて、ほんとうに単純なんです。
しかし単純だから難しいことも、これまた真実なんです。
どうかご自分の目で、ご自分の知識で、歯科医を評価できるようにして頂きたいものです。
次のページ→‘いい歯医者’と‘うまい歯医者’とは違いますへ戻る
